2014年02月18日

先入観

 世間は、○村河内氏のゴーストライター問題でかまびすしい。実は、このブログでずっと前に○村河内氏の曲について書こうと何回かチャレンジしていた。NHKや民放でドキュメンタリー番組が放送される前のことだ。でも、記事にできなかった。自分の考えがまとまらず、なんとも収まりがつかなかったからだ。(現在も。)

 私が彼を知ったのは、吉松さんのブログで取り上げられていたからだ。その際に忘れられない文章があり、それがずっと今も心に引っかかり、解けない紐のように渦を巻いている。吉松氏は、彼の自伝的著書(これもかなり嘘まみれのようだが、それはともかく。)を読んで「もはや彼の曲を先入観(障がいや苦難の連続の人生であったこと)無しで聴くことはできない」と書かれたのだ。そのことについて是非をいうつもりはない(逆に考えさせられたことで感謝したい)が、「音楽を先入観無しで聴くことは出来ないのか?」「音楽はあるがままで聴くものではないのか?」などとわからなくなってきた。

 その「先入観」とは、何なのだ?「先入観」は「知識」なのか?あっていいものなのか?なくていいものなのか?例えば自分を例に取ると、ベートーヴェンの第9を指揮したベートーヴェンは耳が聞こえなかったと思って聞くと確かに「凄さ」を感じる。また、ある曲で「ベルリンフィル」が演奏したと聞くと、素晴らしいように思える。ある曲は苦難を乗り越えた人が書いていると聞くと、その大変さを思いやって涙が出そうになる。。。など枚挙にいとまがない。自分はこの「先入観」だかに振り回されやすいのだろうと思う。だからこそ、「音楽をあるがままに聴く力が欲しい」と思ってしまうのだと思う。この問題が噴出し、現代音楽の作曲家さんやいろいろな方がそれについて文章を書かれているのを読んだ。読んでもやっぱりまとまらない。。。まだまだ考え続けなくてはならないのだと思う。

 *ちなみにその○村河内氏(○垣氏)の「交響曲第1番」のCDは結構早い段階で買って聴いた。印象は「マーラーとかそういうののかなりわかりやすい版、映画音楽みたい」というものだったが、きれいだと思った。絶対音感だけでこれを作ったのはすごいな、と本当に思った。(これを世間がだまされた、と思う部分なのかもしれない)今後を考えるとお蔵入りの音源となるので、ある意味貴重、なのかな?いや、フツーに聴きやすい音楽だと思う。


posted by ゾリステンアンサンブルHP管理人 at 21:38| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。